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さくペラ

さくっとぺらいちというサイトのつづき

年始にふと思う

日曜日、サンデープロジェクトの後継番組を見ていて、リア充のイメージを改めなければいけないなと思った。リア充ってバブリーなイメージでとらえていたのだが、バーチャルよりも実際に人とあってコミュニケーションをすることに重きを置く草食男子のことなんじゃないかと思い始めてきた。

そもそも今の大学生世代は車を買わないし、周りが買ってるから自分も買う的なブームに乗る人はいないといわれている。
バブリーイメージなリア充って、それらにすべて乗っかってお金を消費する人のようなイメージだったが、実はそうではないんじゃないかと思った。

そのTV番組によると、リア充は一ヶ月に一回横浜の面白いスポットにレンタカーでデートすることでも、リアル充実という捉え方みたい。
うちらの世代からするとそれって、素朴というか純朴というか派手な印象ゼロじゃない。いわば、普通の恋愛じゃん。
でも若い世代ではそういったものもふくめてリア充ととらえてるんじゃなかろうかと思った。この辺りはもう少し深く調べていく必要があるなあ。

そして、リア充の対極に存在するのがネトゲ廃人なのかなあとも思った。

ネトゲ廃人の心情については、ネトゲ廃人シュプレヒコールという曲にうまくまとまっているんじゃないかと思う。

社会に参加したくない、それも積極的に。という思考とリアルな人間関係を否定してバーチャルグラフだけを信頼する傾向があるように思う。

この辺の現象をうまくとらえたのが「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」なのかなと思う。桐乃が秋葉にオフ会参加しにいくあたりとか。

この二極化する流れをつかんで、彼らが求めているものを提供できれば、社会はもっとよくなるし、若者も元気が出るんじゃないかなーと思った。

ネトゲ廃人には「俺妹」でいう京介的なおせっかいな存在が必要だと思う。
あるいはコッペリオンでいう委員長的存在。

また、リア充には彼らが持っている目標を実現させるためのツールないしは場所の提供が必要だと思った。

それらをソーシャルグラフを介して実現できたら、ちょっとはよい社会になるかも。心のセーフティネット的な。

ほんと雑文だな。でも書かないよりはましかなと思って書いてみた。

追記


もかなり参考になる増田だなあ。ネトゲ廃人ではないだろうけど。リアリストの反対ということでバーチャリストとでも言えばいいのかな。